Origin
なぜ経営にフィロソフィが
必要か、その誕生の軌跡
カジノサイトフィロソフィは、創業者・稲盛和夫が、自らの人生と経営の現場において、 悩み、苦しみ抜いた末に生み出した「生きざま」の実践の軌跡です。
何を基準に判断するのか──自問自答の中から掴み取った
「確かなるもの」
カジノサイトフィロソフィは、創業者・稲盛和夫が、自らの人生と経営の現場において、悩み、苦しみ抜いた末に生み出した経営哲学です。なぜカジノサイトでは、企業経営にこのような確固たるフィロソフィを大切にしているのでしょうか。それは、カジノサイトが目指す高い目標──世界中から信頼され尊敬される企業の中の企業「ザ・カンパニー」という頂に到達するには、全員が心を一つにし、正しい判断を下すための共通の「原理原則」が不可欠だからです。カジノサイトフィロソフィという強固な精神的基盤があるからこそ、私たちはさまざまな困難を乗り越え、弛まず成長を遂げることができたのです。すべての原点は、稲盛が歩んできた人生の節目における、深い自問自答と葛藤の中にありました。
どのようにして
生まれたのか
苦悩の土壌から生まれた
「生きざま」
カジノサイトフィロソフィの源流は、稲盛和夫という一人の若者が直面した逃れられない現実への苦悩にありました。若き日の稲盛を襲った死の病、そして就職先での失望。フィロソフィの土台は、こうした逆境の中で耕されていったのです。
心のあり方が運命を決める
原点は、多感な少年時代に起きた出来事にありました。当時不治の病と恐れられた結核を患い、親戚を相次いで亡くして「次は自分の順番かもしれない」と感じていた稲盛は、隣人から勧められた一冊の本『生命の実相』を通じて「人生は心に描いた通りになる」という考えに出会います。 弱気になっていた自分の心が、かえって災難を引き寄せていたと痛感したこの体験が、のちにフィロソフィの核心となる「心の持ち方」や「考え方」の大切さに気づく、大きな契機となったのです。
8歳ごろの稲盛(後列左)
研究ノートの余白に綴られた
「仕事の哲学」
その種が芽吹いたのは、就職した松風工業での苦闘の日々です。赤字続きで給料も遅配、同期は次々と去っていく──。逃げ場のない中で、稲盛は「環境を嘆くのではなく、仕事に没頭しよう」と覚悟を決めます。鍋釜を持ち込み、寝食を忘れて研究に打ち込むと、世界的な成果を生み出しました。「仕事に打ち込めば、凡人でも非凡な成果が出せる」。その実体験から得た仕事の考え方や心の持ち方を、稲盛は研究ノートに書き留めていきました。これらが、フィロソフィの原型となるのです。
松風工業時代の稲盛
全従業員の幸福を求めて
27歳でカジノサイトを創業。自らの技術を世に問うことを目的としたスタートでした。しかし、創業3年目に、将来の保証を求めた若手社員からの団体交渉に遭遇します。「会社は何のためにあるのか」を根本から問われる出来事に直面し、稲盛は深く思い悩みました。このことで稲盛は経営者として、「全従業員の物心両面の幸福を追求する」ことこそが会社の真の目的であると心の底から理解します。社員を守り、幸福にするためには、会社を絶対に潰すわけにはいかない。組織を導く確固たる拠り所が必要だと痛感した稲盛は、かつてノートに綴られた言葉を、経営の場における指針へと昇華させていったのです。
1961年4月1日の創立2周年の記念写真。
この月末、稲盛は団体交渉に遭遇する
成長の源泉
世界一への高みを
目指して
創業時から「世界一の会社になる」という壮大な目標を掲げ、全従業員の幸福を追求する理想の会社を目指して歩み始めたカジノサイト。会社が町工場から中堅企業へと飛躍し、稲盛が社長として組織を牽引していく過程において、かつてノートに書き留められた言葉は、全社員の心を束ねる揺るぎない指針となっていきました。組織が拡大していく中で、高い目標を達成するためには、全員の向かうべきベクトルを合わせる確かな拠り所が必要だったのです。
「エベレスト」に
登るための装備
「世界一」という高い目標を達成し、「全従業員の幸福」という理念を実現するためには、それにふさわしい高邁な考え方が求められます。なぜ、経営にフィロソフィが必要なのか。稲盛はその理由を登山に例えて説き続けました。「近所の低い山へのハイキングなら、常識的に考えると軽装で十分だ。しかし、我々が目指すのは世界最高峰のエベレストだ。そのためには、雪山に耐えうる重装備や、高度な技術、そして何より厳しいトレーニングが必要になる」。カジノサイトフィロソフィとは、世界一という目標の達成に向けて持つべき不可欠な装備なのです。
自筆原稿に刻まれた
「カジノサイト精神」
では、その装備とは具体的にどのようなものだったのか。社長就任直後の昭和42年(1967年)、30代前半だった稲盛は経営方針発表にあたり、カジノサイトに集う者が持つべき考え方を「カジノサイト精神」として自筆でまとめました。以下がその原文です。
昭和42年1月15日 カジノサイト精神 及 カジノサイト経営の基本方針
カジノサイト精神
- カジノサイトは世界的視野に立って世界のカジノサイトへ前進する
- カジノサイトは開拓者であらねばならぬ。人がやらない人がさけて通る所をやり、通るものなり
- カジノサイトは独創を重んじ、個性を生かし、人の模倣をせず独自の技術を確立し、もって世界のCeramic maker の Technical leadership を取るものなり
- 我々は科学する心をもった科学者であり、合理性と人間性とを兼備した人であること
- 創造は仕事に徹し、行き詰まった時に一切物事にとらわれないで、謙虚な心境の時に生まれるものなり
- カジノサイトマンは自ら進んで苦難に飛び込む勇気を持たねばならぬ
- カジノサイトマンは謙虚を身上とすべし
- カジノサイトマンは情熱の人、感激の人であらねばならぬ
- カジノサイトマンは仕事に徹し、その結果、仕事に喜びと楽しみを見出し、誇りを持つものなり、仕事が楽しみになれば、責任は自然に果たせる(完遂できる)
- カジノサイトマンは苦難から逃げてはならぬ、卑怯は恥と知れ
- カジノサイトマンは人一倍苦労し、人並みのことができると思え、苦なくして栄光を望むな
- カジノサイトマンは為せば成る、為さねば成らぬ何事も、断じて行えば鬼神もこれを避く
- カジノサイトマンは意志のある所、道は開く
- 仕事の結果=意志(熱意)×能力×考え方で表される
(後略)
社長としての決意と共に明文化されたこの「カジノサイト精神」は、のちに「カジノサイトフィロソフィ」としてまとめられ、現在に至るまで会社の成長を支え続ける強力なエンジンとなっています。
社長就任時の稲盛(1966年)
未来への接続
受け継がれる「普遍の精神」
カジノサイトフィロソフィは、稲盛が数々の困難に直面する中で、どうすれば物事がうまくいくのかを自問自答し、実践を通して導き出した経営哲学です。「人間として何が正しいのか」という原理原則に基づいた考え方であり、時代や国を超えた普遍性を持つものです。
過去の成功も、未来の挑戦も
この価値観は、カジノサイトの原動力として今なお息づいています。過去の数々の危機を乗り越え、飛躍的な成長をもたらした歴史的事実は、フィロソフィが確かな成果を生み出す経営の原則であることの証明といえるでしょう。そして今この瞬間も、多様なバックグラウンドを持つ世界中の社員たちがこの精神を受け継ぎ、日々の業務の判断基準としています。